2007年12月30日
探偵ファイナル!?
「20××年×月×日、12時20分。バイクで勤務先から外出。尾行開始」
ICレコーダーに記録を残し、私もバイクで対象者の後を追う。
私は探偵である。地味で低収入な、しがない探偵である。
マーロウやスペンサーのように、ハードボイルドでもなければ、工藤ちゃんや濱マイクのようにストイックでもない。
目の前の仕事を単純にこなし、日々の糧を得るだけだ。
仕事の主なものは浮気調査や家出人の捜索。最近では、ストーカーや結婚詐欺師と思われる人物の身元調査も増えてきた。長い張り込み時間の地味さに比例して、収入も地味だ。
宝くじやトトで大金をゲットすれば、今にでも辞めてしまいたい職業である。
今回の依頼人はごく普通の専業主婦。「自宅で食事を全く摂らない」と依頼人の夫である、対象者の挙動不審を疑っていた。口には出さないが浮気を心配しているようだ。
「直接ご主人に聞いたらどうですか?」という言葉を飲み込み、依頼を受けた。不景気な昨今、ばかばかしい小さな仕事でもこなして行かなければ、明日にでも餓死しそうな経済状態なのだから・・・。
対象者は程なく、ラーメン屋に入っていった。「東洋軒」という屋号のその店に私も入る。対象者はカウンターの一番奥に座っている。私はカウンターの一番手前に。対象者はラーメンと小ごはんを注文。私はラーメンのみ。数分後に出来てきたラーメンを目前にしても、対象者はすぐには食べなかった。携帯とデジカメで何枚も写真を撮っている。
中年のオヤジが、ラーメン店でバチバチとラーメン画像を撮る。なんとも滑稽な絵面である。
ラーメンはさほど好きではない私は、出されたラーメンを見ながら、ちゃんぽんにした方が良かったかなと後悔した。
というのも、なんとも薄味でガツンと来るものがない、凡庸なラーメンだったからである。スープの色も、豚骨なら茶褐色系だろうという私の概念を覆すような、乳白色である。麺も軟麺でなんとも表現しがたい食感である。
佐賀ラーメンと言うのだろうか??この味は私には許容しがたい。
これならシコシコと2DKの事務所兼自宅のマンションで、「うまかっちゃん」でも食っていたほうがマシだと心底思った。
私がラーメンを半分ほど食べた頃に、対象者はラーメンと小ごはんをたいらげ、勘定をしだした。
おいおい、なんという早食いだ。これでは依頼人は、対象者の浮気より食生活を心配すべきではないか?
という疑問がふつふつと湧き上がる。塩分過多のスープまで全て飲み干しているようなので、間違いなく三大成人病予備軍である。
「いい大人が・・・」と突っ込んでやりたい心境だ。
仕方なく私も、食べかけのラーメンを残し店を出る。対象者は全く私の方には視線をよこさない。
ラーメンに取り付かれているかのように、ラーメン店を目指し走り、ラーメン画像を撮り、ラーメンを早食いする。
まさに一心不乱である。
ここまで来ると探偵失格であるが、少しは尾行に気づけと言いたくなる。
対象者はバイクで職場に戻った。
これから夕方の退社時間まで、長い退屈な張り込みを戸外で続けることになる。
依頼者からの情報によると、今日は上の娘がバレエの発表会の練習のために、依頼者が下の娘も連れて、送迎をする予定らしい。それで対象者は今晩一人で、フリーな時間が持てるとのこと。
今晩は「しっぽ」を捕まえる、絶好のチャンスなのである。
18時過ぎに対象者が職場から出てきて、帰途についた。どうやら、寄り道をせずに自宅へ帰る模様である。こじんまりとした社宅の通路で部屋の様子をうかがっていると、対象者がすぐに着替えて出てきた。今度はバイクではなく自動車で移動するようだ。いよいよかと思い、私は心を引き締めた。
追跡中の信号待ちの間に、証拠写真をとるためのデジカメのスタンバイを確認する。よく、記録用のデバイスをパソコンのスロットに挿入したままで、出かけてしまうことがあるからだ。大丈夫だ。
対象者の車は西部環状線から南部バイパスに入ったあと、空港道路入り口交差点で右折し南下した。佐賀空港へ続くこの道路は両サイドが田んぼで、なんとものどかな風景である。ちょうど沈みかけた太陽が西の空にぽつねんと浮かび、雲を茜色に染めている。
対象者の車は、高架を渡りきったところに位置する交差店を左折した。バイクでかなりの距離を取って追跡しているが、決して見失うことがないくらい、交通量は少ない。かえって、少なすぎて追跡を悟られないかと心配な程である。
しばらくして対象者の車が、とある建物の駐車場に停まった。なにやらプレハブの建物のようである。怪しげにパトライトが回転している。その下には、「スナック・ハッピー」と「ラーメン・いちげん」と書かれた看板がある。問題はその看板である。
ピンクとブルーという配色といいデザインといい、ダサうまの極地のような看板である。ダサイのかクールなのか判断しかねるようなブツである。
私は思わず、今朝のテレビで見た、あの庵野監督が作るキューティーハニーでのサトエリの変身シーンを思い出してしまった。どちらもなかなかのサイケデリック具合である。
私は道路の対面にあるコンビニにバイクを停めた。対象者は多分、スナックのほうに入るんだろう。昼食もラーメンだったのだから、またラーメンを食べるなんてことは到底考えられない。もしそうなら人間失格である。
少なくても分別のある大人のとる行動ではない。
スナックで女性と待ち合わせか?だとすれば少々困った展開だ。こんな田舎のスナックである。特に今の時間には、客が何人もいるわけがない。私もスナックに客を装い潜入し、証拠写真を撮るというのはかなり難儀だ。
となれば、一緒に出て来るところをツーショットでいうことになるが、フラツシュを焚かなければならない時間帯になるだろうし・・・。
今日は暗視撮影用の準備がないのだ。
しかし、私の心配は苦慮に終わった。なんと対象者はラーメン店の暖簾をくぐったのだ。「そな、あほな」と一人ツッコミをしている場合ではない。バイクをコンビニに置いたまま、メッツのキャップと度なしメガネという安直な変装で、ラーメン店に入ることにする。道路を渡っている時点で、豚骨の獣臭が漂ってきた。
「オーマイガッッ!」私はひとり愚痴る。どうせラーメンなら、「塩」か「醤油」という嗜好の私には、この匂いだけで、意識が南回帰線あたりまでひいてしまう。
対象者はL字型のカウンターの長辺側の中ほどに座っていた。私は短辺側の一番奥、壁際に座る。
「ラーメンね」対象者がオーダーする。
ビールでも飲みながら待ち合わせかと、一縷の望みを抱いていたが、その望みは、海辺の砂の城のように跡形もなく消え去った。仕方なく私もラーメンをオーダー。
本当はコーラあたりにしたいのだが、怪しまれないためにはこうするしかない。
ラーメンが出来上がると、またぞろ対象者は例の「儀式」を始めた。携帯とデジカメでの写真撮影だ。
アングルが気に入らないのか、途中で椅子から立ちあがり、俯瞰の構図で収めている。私はいたたまれない心持ちになってしまう。
こんな奴と同じ場所で同じ時間を共有するなんて反吐が出そうだ。
私のラーメンも出来てくる。昼間の店と違って、私のイメージどおりの豚骨ラーメンの色をしている。店外に漂っていた、妙に鼻を突く獣臭もそれほど気にならない。スープを飲むと、旨みが凝縮された味の奥行きが感じられる。
豚骨もいいのでは、と一瞬考えてしまった。
対象者は「今日もなかなかだね」と、茶髪の店主に話しかけている。どうやら常連のようである。
尾行そのものは簡単すぎるくらい簡単なのだが、なんとも精神的なストレスの溜まる尾行である。
対象者のような人種を「ラーメンオタク」とでも言うのだろうか・・・。はたから眺めていると、爽やかなものではない。
対象者の車は、そのラーメン店から出た後、自宅を通り越して行った。「いよいよか」と期待が膨らむ。
佐賀大学の交差点を右折してすぐの、「マンガ倉庫」という中古コミックを主に販売している店の、駐車場に車は停まった。
対象者は「マンガ倉庫」の入り口には向かわずに、駐車場のフェンスを飛び越えて敷地外に出た。
「今度こそ、近所の居酒屋あたりで待ち合わせか?」
と思った刹那、対象者は「池田屋」と書かれた幟が掲げられた店に消えた。
おいおい、ここは「ちゃんぽん屋」だぞ。さっきラーメンを食ったばかりではないか。見るからに狭そうなその店内に、意を決して入ることにする。
対象者は三席ほどの小さいカウンター席に、私は入り口に一番近いテープル席に陣取った。
「蒸し麺でちゃんぽん」。
ここでも本当に食べるつもりらしい。メニューを眺めると、カレーがある。心底助かったという心境である。もう麺は御免だ。私はカレーをオーダーする。このカレーが意に反して旨かった。甘味と辛味が微妙なユニゾンを奏でる。
こんなところにこんな店があるとは。ささやかな今日の収穫である。
対象者はその後、コンビニに立ち寄り「白波」と「ピスタチオ」を買い込んだ。そして、自宅へ戻ってしまう。
いやはや、今日の一日は何だったんだ。これが対象者の日常であろうか。ただの「麺馬鹿」というだけではないか。依頼者に追加調査を提案するのは、全く馬鹿げている。それは、私がどんなファクターを考慮してもダービーを獲れないというのと同じくらい確かだ。
今日の救いは、調査に要した必要経費がラーメン二杯とカレーという小額で済んで、依頼者から感謝されるくらいのものだ。
「逆ハードボイルド」な探偵業務は、なんともツライ。
【最終調査報告書】
浮気ではない。完全無欠な本気です。
「Fall in love with 麺.」
Posted by imagine at 01:56│Comments(1)
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探偵ファイナル!?
著作権表示の年号を自動更新するプラグイン V1.1 for WordPress【完全自動アフィリエイトで稼ぐためにしていいこととダメなこと】at 2007年12月30日 02:01
この記事へのコメント
今日の救いは、調査に要した必要経費がラーメン二杯とカレーという小額で済んで、依頼者から感謝されるくらいのものだ。
Posted by グスーパー at 2013年07月03日 18:06